国境越え 2

ラサを出て3日目、いよいよネパール入国の日だ。
昨日、高山病が再発したが、今日は体調がいい。出発はAM5:30。
バスは相変わらずのチベット的風景の中を進む。標高は4000m以上。草原が広がり、空は青く、雲は近い。

ラクパ・ラという峠に着く。「ラ」は峠という意味だ。ラクパ峠。
峠といっても5200m以上ある。8000m級の山々が見えるはずだったが、雲に隠れて見えなかった。それでも6000m、7000m級の山は白い頭を覗かせていた。

夕方になり、やっとバスは高度を下げ始めた。
16:00すぎにニェラムという町を過ぎてからは、さらにグングンと高度を下げる。
3000m程の高度を一気に駆け下りる感じだ。道幅は狭い。木の生えない切り立った山肌(崖という方が近い)に、やっとへばりついているような道だ。窓から下を見ると深い谷になっているが、霧で谷の底までは見ることが出来ない。その深い谷底へ向かって、道はくねくねとカーブしながら続いていた。

ガードレールのない道を、石を谷に落下させながらバスは走っていた。タイヤと崖の縁とは30cmほどしか離れていない。前の席に座っていたチベタンのおばさんは恐ろしいといって、決して窓の外を見なかった。もともとバスが一台しか通れないような狭い道であり、片側は山肌、逆側は谷底なので対向車が来ると大変だ。そんな幅の道であるから、すれ違えないことも起こり得るわけで、車が崖下に転落することもある。
実際、崖下に落ちて放置してあるバスを目撃したし、ラサでは、バス落下現場に居合わせた人の話も聞いた。その人は、乗客や運転手の冷静な対応から、こういう事故が「たいしたことではないもの」らしいとわかり、かえって恐ろしくなったそうだ。
たいした事じゃないからといって、自分が乗っているバスが谷底へ落ちるのは勘弁願いたい。

心配をよそにバスはさらに急速に高度を下げながら進んだ。
高度が下がるにつれ緑が多くなり、幾筋もの滝があらわれた。
無数の滝1本1本は、日本にあれば間違いなく観光名所になるであろう水量と落差であった。
チベットという天上の台地から下界へ落ちていく水は、空中で霧散し、辺りの景色は白く霞んでいた。
森林限界を超えた場所を1ヶ月以上も旅していたので、しばらく濃密な緑を見ていなかった。
霧に霞む木々は、日本を思い出させた。懐かしく、美しく、心をしっとりとさせる。

突然、バスが止まった。土砂崩れで道が埋まっているのだ。
乗客皆で土砂をどかす。
大したことはなく、30分ほどで復旧し、バスは無事通り抜けることができた。
これまた日常的なことである。
ダムには、18:30についた。

中国側の国境の町ダムから、ネパール側の国境の町コダリまでは10kmある。
今日中に国境を越え、コダリに行かねばならない。
コダリまで乗せてくれる車がないか、1時間ほど探したが見つからない。
しかたなく歩く。
30分ほど歩いたところに軍のトラックがあり、乗せてくれるように交渉するが、これもだめ。

日も暮れ、辺りは暗闇となった。
雨の中、懐中電灯の光だけをたよりに進んだ。崖から滝のように流れ落ちる水が道路に流れ出し、川のようになっているところを、ずぶぬれになりながらひたすら歩いた。

途中民家があり、茶でも飲ませてくれるかと思って立ち寄ると、猛犬が飛び出してきた。恐ろしかった。
およそ2時間ほどあるいただろうか。国境の橋が見えてきた。
橋を渡ればネパールだ。

時間が遅いということで、イミグレーションもカスタムも閉まっていた。係の人にパスポートだけをあずけて、近くのホテルにチェックインした。

ぬれたものを全て干して、服を着替え、頭を拭くと、ダムからコダリまでの辛い道のりも悪くない体験だったと感じた。

レストランなどやっていないので、宿の主人から買ったネパール製(?)インスタントラーメンを夕食にした。そのラーメンの美味いこと。夢のような味だった。今まで中国の方便麺をウマイウマイと週に3袋は食べていたが、その十倍は美味かった。
空腹の絶頂だったし、あまりにも美味しかったので、
「もう1杯!」と言うと、
「今日はそれしかない。」と店の主人のつれない返答。
「ちくしょう!」
と悔しがっていると、
半分ほど残っていた私のラーメンの中に、大きな蛾がポチャリと落ち、
バババババと泳ぎ回っている。
「あああああああああああぁぁぁっっ!!」
悲痛な叫びを上げる私を見て、その場の一同大爆笑。

薄情な笑いの中、ネパール初日の夜は更けていくのであった。

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